かわっちは荒川を見ながらため息をつきました。

「はあ~。堀北真希ちゃんみたいな美人が突然おれっちに一目惚れして結婚迫ってきたりしないっちかね~」

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 荒川の水面は午後の陽を受けて薄いオレンジに輝いてます。

 かわっちは川に向かって小石を投げました。
 しかし、小石はほんの数メートル先に微かな音をたてて落ち、川の対岸、東京都北区赤羽にはまったく届きませんでした。

 かわっちがほおずえをついて寝転んでいるのは荒川河川敷の埼玉県川口市側、新荒川大橋のたもとです。

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 かわっちはいつの間にか、ここ荒川に生まれ、川口市側の河川敷に住み着くようにななりました。

 かわっちとは何なのか?
 その姿はカッパに似ています。
 しかし、カッパではありません。緑色の肌をして甲羅を背負っていますが、頭には皿でなく川口市の市の木でもあるサザンカが咲いています。

 かわっちが何なのかはかわっち自身でもよくわかっていませんでしたが、本人ははあまり気にしてませんでした。
 おそらくモンスターの一種だろうということ以上深く考えることもなく、またその必要もありませんでした。

 かわっちにとって何より大切なのは自分が何なのかということではなく、とにかく女の子にモテて、恋をしたりエッチなことをしたいということでありました。
 かわっちはドスケベでした。

 かわっちが寝転ぶ草むらの上の歩道を男子中学生たちがじゃれあいながら歩き去っていきます。
 そのすぐ後で、ランニングをするおじいちゃん、ポメラニアンを連れたおばちゃんなども通り過ぎていきました。

 のどかな秋の夕暮れです。

 そのとき、かわっちの左横5メートルほどのところに一人の女の子が腰をかけました。

 earth music & ecology か niko and...などで売っていそうなグレーのパーカーと、ふわっとした白いロングスカートを履いて、髪をナチュラルなブラウンに染めた大学生くらいのかわいい女子です。

 かわっちはその子を見て、反射的に目を反らしたものの、頭の中では激しい自問自答が始まっていた。

(な、なんでこんな近くに座るっち? いや、そこまで近くもないっちか。いや、でも近いと言えば近いっち。やっぱりこれは、おれっちと話をしたいってことっちか? 確かにその可能性は否定できないっち。そうでなければ、こんなに近くに座る必要がないっちから。なら、おれっちはどうするっち? 向こうから声をかけるのを待つっちか? でも、女の子から声をかけてくるっちかね? やっぱりおれっちが声をかけるべきっちよね。あーでも、そう考えるとなんだかドキドキするっちなー。やっぱり声かけるのやめよっかなー。いや、でも待てよ。あの子は何か悩みがあるのかもしれないっち。もしそうならおれっちがその悩みを聞いてあげないとかわいそうっち。よし、やっぱり声かけるっち。これをきっかけに恋人になれればエッチなこともさせてもらえるかもしれないっち。あー、でも何て声をかければいいっちかね?)

 長い!

 とにかくかわっちは決心して立ち上がり女の子のほうに歩いていきました。
「何を悩んでるっち?」
 優しく言って女の子の横に腰掛けます。
「え?」女の子は戸惑いながら小さく答えました。
「悩みがあるならおれっちが聞くから話してみるっち」
「え? ちょっと何?」女の子はとまどい、拒絶のニュアンスを込めて言いました。
「おれっちはかわっちっち」かわっちは気づきません。
「か、かわっちっち?」
「かわっちっち」
「かわっちっち?」
「最後のちはいらないっち。かわっち」
「かわっち?」
「かわっち。さ、何でも話してみるっち」かわっちはそう言って女の子の肩に手を触れました。
「キャッ」女の子は体を強ばらせたとき、頭上から若い男の声が聞こえました。
「何をしている!」
 スキニーパンツと首元が開いたTシャツ、そして薄手のジャケットを羽織った男はNHKの朝ドラで人気が急上昇する若手俳優のような爽やかなGUYでした。

 風が吹き抜けると、やわらかそうな髪がなびきます。

 そして、女の子は男をうるうるした瞳で見ています。

 かわっちは狼狽して言いました。
「え? おれっちっち? おれっちはこの子が悩んでるふうだったから話を聞こうとしていたところっち」
「嫌がってるだろ」
「え? 嫌がってないっちよ。ねえ」
「ジュンくん」女の子は立ち上がり男の胸に飛び込み泣き出しました。
「え。なんで泣くっち。おれっち何もしてないっちよね」
 男は怒りのオーラをまとい、かわっちを睨みつけています。
「ちょっとこの人何か誤解しているみたいだから何か言ってっち」
「いい加減にしないか」男はかわっちを押しました。
 かわっちはバランスを崩し草の斜面をごろごろと後ろ向きに転がり落ちていきます。
 10メートルほど転がり続け一番下でやっと止まったかわっちはひっくり返り肛門丸見えの状態で伸びてしまいました。

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 そこにタイミング悪くマウンテンバイクを練習中の人がやってきました。
 マウンテンバイクに乗った男はかわっちを轢きそうになったものの、発達した反射神経でかわっちを避けました。
 しかし、そのせいで横の水たまりを突っ切ることになり、盛大に跳ねあがった泥水はモロにかわっちにかかりました。
 かわっちはずぶ濡れのまっ茶色です。

 若い男女はかわっちの存在を忘れ、盛り上がっています。
「クスンクスン。ジュンくん。怖かったよ」
「ゴメンなお前のこと一人にして。もうどこへも行かないから。ずっと一緒にいよう」
「約束だよ」
「約束する」

 かわっちは肛門をさらし、寝っ転がった状態で空を見ていました。その目に少し涙をためて。
 男女が寄り添いながら去っていってもかわっちはそのまま動きませんでした。


 そのときゆっくりとした、しかし大きな拍手の音が近づいてきました。
 同時に太い男の声が聞こえました。

「すばらしいフラれっぷりだ」

 かわっちがひっくり返ったまま声のほうを見ると、黒いニットにサングラスの綾野剛みたいな男がポケットに手を入れて草の斜面を下りてきます。
 その男の隣には白い鳩のような生物が小さな羽をパタパタさせながら浮かんでいます。


01-2西川口とはとっち



「おれは西川口」男はかわっちの傍まで来て、見下ろしながら言いました。
「こっちは鳩ケ谷で出会ったはとっち」
「ふるっふー」不思議な生物が鳴きました。
「西川口…さんとはとっち」
「そうだ」
「ふるっふー」
「おれは…かわっちっち…。…おれっちに何か用っちか?」
「お前はモテたいか?」
「え?」
「お前はモテたいか?」
「どういうことっち?」
「ただ素直に答えるんだ。モテたいか?」
 西川口はサングラスごしにかわっちを見つめています。
 そのまっすぐな視線にうながされるようにかわっちは答えました。
「まあ…どちらかと言えば…モ、モテたいっち…」
「その望みおれが叶えてやる。着いてこい」
 そう言って西川口は草の斜面を登っていきます。
 半分ほど上ったところで振り返りながら言いました。
「来いよ。モテたいんだろう」
「ふるっふー」はとっちが鳴きました。

 風に舞うコンビニの白いビニール袋が、人間とモンスターの間を通り過ぎていきました。

 数百メートル離れた陸橋では京浜東北線が東京から埼玉へと荒川を渡っておりました。