幸子が歩いて来ました。
 着ているものはいつもと同じゆったりしたニットとロングのスカートでしたが、その姿ははいつもにも増して美しく、かわっちには後光がさしているように見えました。
 幸子なりにデートに気合を入れてきたのか、首元には、いつもはしないアクセサリーが輝いています。
「ほえー」
(かわっち。いいか、うまくほめるんだぞ)西川口が囁きました。
(ラジャ)
「ここっちよ」かわっちが幸子に言いました。
「おまたせ」幸子は弾んだ声です。
「今日は一段と美人っち。シンプルなファッションでも着る人が着ると違うっち。とくにそのネックレス。あの…、えっと…、ティファールっちな。よく似合ってるっち」
 ティファール?
(ティファニーだ)西川口は頭を抱えました。
「そう? うれしい」幸子は素直に喜んでました。
(あれ?)幸子は昨日までと様子が違ってました。
「車、あっちに停めてるっちから」
 かわっちがそう言うと、幸子は自然とかわっちの手に捕まりました。
 西川口は幸子を盗み見ます。
 幸子は幸せそうです。

 3人は西川口の車、ランボルギーニに乗り込みました。
 左ハンドルの運転席には西川口、その背中におんぶされているかわっち、助手席に幸子、幸子は西川口の存在には気づかずかわっちが運転していると思っています。
「かわっち、運転上手なのね」
「そうっちか。たしかにドライビングテクニックには自信があるっちよ」運転している西川口は苦笑いです。
「これ、なんて車なの?」
「え? ああ、あのラ、ラ、ランボルニーギ?」ランボルギーニ!
「へえー。なんかお洒落なやつ乗ってるね」幸子はかわっちの間違いに気づかないふりをしてくれています。
(なんか、いい子じゃないか…)西川口は思いました。

 車は目的地に着き3人は車を降りました。
「ちょっと、トイレに行ってくるっち」西川口の合図でかわっちは幸子から離れました。
 トイレの個室でかわっちは西川口の背中から下りて聞きました。
「どうしたっち?」
「ここからはお前たち二人だけのデートだ」西川口が言いました。
「え?」かわっちが震え出しました。
「ふ、二人だけの…デートっち? だ、大丈夫。まかせておくっち…」
 言葉とは裏腹に、ケータイのマナーモードのように振動しています。
「かわっち。大丈夫」西川口がかわっちの肩を掴みました。そして一緒に震えました。
 二人はヴーーーーーーーという低い音を出してヴァイブレーションしています。
「あのごば、おばえどいるのが楽しいんだだだだ」
「本当っぢかかかか?」
「見でればわがるるるる」西川口の言葉にかわっちの表情が和らぎました。そして震えが止まりました。
「楽しんでこい。これは一応お守りだ」西川口はかわっちにいつものインカムを渡しました。
「西川口さんはこのあとどうするっち?」
「やることもないし、スマホでFXでもしてるさ。お前を見てたらおれもひとつ勝負をしてみようって気になった」

 かわっちは幸子とグリーンセンターの秋の自然を満喫していました。
 手をつないで歩く二人を秋の風が優しく包みました。

 昼になり、ふたりは芝生の上にレジャーシートを敷いて座りました。
「あの、お弁当作ってきたんだけど…食べてくれる…?」
「もちろんっち」
 目が見えない幸子が作った弁当はおにぎりの大きさがまちまちで、盛り付けも綺麗ではありませんでしたが、かわっちは喜んで食べました。

「こんなにおいしいお弁当はじめてっちよ」
「あ、そう? …ありがとう…。実はあたしも…誰かにお弁当作ったのはじめて」
「本当っちか? でもさっちゃん綺麗だから今まで色んな人と付き合ったっち?」
「ううん。なんか色んな噂を流されたりしたけど、ちゃんと付き合った人って、実はこれまで一人しかいないの」
「へえ。意外っちね。どんな人っち?」
「ええと。そうね。戸塚くんって言って」
「戸塚…。戸塚安行の戸塚っちか。新井宿とお似合いっちね」
「でも、結局あたしのわがままで傷つけて別れた。…きっと、あたしの顔なんて見たくないと思う」
「そんなことないっちよ」
「…なんかつまんない話しちゃったね」
「イケメンだったっち?」
「え?」
「その戸塚くんっていう彼」
「全然。あたし顔にはこだわらないの」
「本当っちか?」
「うん。だからかわっちがもしイケメンじゃなかったとしても全然いいんだよ」
 かわっちは顔をほころばせました。
「ま、まあおれっちはイケメンっちから関係ないっちけど。でも、見せられないのが残念っちな~」
「あら、そうなの。たしかに見られなくて残念。でもね、本当に顔にはこだわらないの」
 かわっちはガッツポーズをしています。
「最悪人間であればそれでOK」幸子は笑いました。
(人間であれば…)かわっちは膝を抱えて下を向きました。


 ご飯を食べたあと二人で仰向けに寝転びました。

09グリーンセンター


「静かね」
「そうっちね」
 そこで会話が途切れました。

 遠い空で雲が流れています。

「ねえ。かわっち…」幸子が言いました。
「大切な…話があるの…」

 その瞬間、二人を取り囲む空気が一変しました。
 具体的には少女漫画のように空間にキラキラした粒子が散りばめられました。

 かわっちは思いました。
(キターーーー!!! これは…世に言う告白っち。へ、返事はもちろんOKっちよ!)

「何っち?」

「あのね…あの…」

 かわっちは返事を待ちます。

 かわっちの鼓動は高鳴り、トクントクンという音がその耳にはっきりと聞こえるようです。