「…あの…」幸子はもじもじしています。

「なんでも聞くっちから」かわっちが優しく言います。

「かわっち!」幸子が思い切って言いました。

「お金貸して!」

「もちろんOK…え? あ、お金っちか? い、いくらっち?」

「50万円」

 かわっちはペットボトルのキャップを開け、お茶を口に含みました。
 そして、プーッと吹き出しました。

「お金何に使うっち?」
「あたし、2年前に事故で目が見てなくなって人生を諦めてたんだけど、最近やりたいことが出来たの」
「何っち?」
「目を治して、かわっちと歩きたい」
「え?」
「はじめてかわっちと会った日、あたし、本当は橋を渡るのが怖くて立ちすくんでたの。自分で踏み出そうって決めたのに。でも、いざ橋を渡ろうとすると怖くて歩けなくなった」
「そうだったっちか…」
「かわっち…。あなたがあたしの手を引いて橋を渡らせてくれたの」
「さっちゃん」
「でも、ずっと手を引かれたままじゃなくて」

 遠くで、2歳くらいの男の子が、両手を広げたお母さんに向かってヨチヨチと歩いているのが見えました。

「かわっちの横を並んで歩いてみたいの」

 男の子は転んでしまいました。
 お母さんは動かずに見ています。
 男の子は立ち上がり、また、たどたどしい足取りでお母さんへと歩き出しました。

「そして、いつの日か結婚したり、子供を作ったり、そんな普通の家族になりたい」
「さっちゃん…」
「あ、ゴメン。いきなりこんな話しちゃって。いきなりお金、それも何十万も貸してなんてありえないよね。あたし、何言ってるんだろう。ゴメン。やっぱり忘れて」
「…大丈夫っちよ」
「え?」
「誰だって、人は絶対に前に進めるっち。そして、幸せになれるっち」
「…かわっち」

 男の子は何回か転んでは立ち上がり、やっとの思いでお母さんのところにたどり着きました。
 お母さんは頑張った息子を強く抱きしめました。

「絶対におれっちがなんとかするっちから」
「かわっち…ありがとう…」幸子は涙をぽろぽろと流しました。
 かわっちはその涙を拭きながら西川口に土下座をして金を借りようと考えていました。


 夕方になり二人は帰ることにしました。

 西川口の車が停めてある駐車場へ行くと西川口はランボルギーニの前で膝を抱えていました。
 なんだかその体からとてつもない負のオーラが漂っています。
 明らかに危険人物です。

10西川口

 
「ちょ、ちょっとトイレに行って来るっちね」
 かわっちは西川口の手を引いてトイレの個室に入りました。
「デート上手くいったみたいだね…」
「うん…。まあ…。それより何があったっち? なんか世界の終わりみたいな顔して」
「FXで破産しちゃった…」
「え?」
「5億円くらいあった資産がなくなっちゃった」
「…5、5億?…」
「…帰ったらやけ酒付き合ってくれるよな」
「も、もちろんっち。実はおれっちもちょっと相談が…」
「何?」
「あ、後で話すっち?」

 3人は再びランボルギーニに乗り込みました。
「かわっち。すごく言いづらいんだけど、なんか、この車…悪い気を感じるの」
「そ、そうっちか。おれっちも実は同じことを感じてるっち」
 西川口の負のオーラは幸子の左半身にまで及んでいます。
「なんだか、FXに失敗して何億円も一気に損した男が一緒に乗ってるみたいな…よくわからないけどそんな感じの気持ち悪さっていうか…」
「そ、そうっちね。よくわかるっち」
 西川口の負のオーラはいつの間にか車内全体を包み込んでいました。
「この車…ゴメンね。こんなこと言って。でも…たぶん手放したほうがいいと思う…」
「ま、まあ、結果そうなるっちから…」

 車は何回か信号無視をしたものの、なんとか無事に新荒川大橋のたもとまでたどり着きました。

「じゃあ、かわっち」
「今日は楽しかったっち」
「あたしも…ありがとう」

 二人は名残おしく別れました。

 それから、西川口とエルザタワーの部屋へ移動しました。
 部屋の窓から東京の街に沈みゆく夕日を見て西川口がつぶやきます。
「いつ見ても最高の景色だな」
「そうっちね」
「ま、このマンションももう売り払わないといけないんだけど」
「そうっちね…」
「飲むぞ!」
「飲むっち(うわー。暗い酒になりそうっち)」
「ふるっふー」はとっちが鳴きました。

 二人はウィスキーを水で割ることもせずにオンザロックで飲み続けました。
 ほとんど会話はありません。
 たまに西川口がため息をつき、はとっちが「ふるっふー」と鳴くだけです。
 その状態で1時間ほど飲み続けました。

「で、相談って何?」やっと西川口がため息以外の音声を発しました。
「あ、ああ…」
 重たい沈黙が部屋に広がります。
「あの…この状況ですごく言いづらくなったっちけど…」
「はい…言っても無駄だと思うけど一応どうぞ」
「50万円ほどお借りさせていただけないっちか?」
「50万円あると思う?」
「…終了っち…」かわっちはつぶやいてトライアングルを鳴らしました。チーン。
「ふるっふー」はとっちが鳴きました。

「ただな…」西川口が言いました。
「何っち?」
「この前ここで東川口と会っただろう」
「ああ、友達の、お医者さんの」
「実は、あいつに頼んで手術の手配はしておいた」
「本当っちか?」
「ただ、金はない。50万円お前が自分で用意してくれ」
「…」
 沈黙するかわっちに西川口は言いました。
「やめたら?」
「え? どういうことっち?」
「あの子の目を治すの」
「…でも…」
「お前もわかってるだろ」
「何っち?」
「何ってあれだよ。あの子の目を治したらお前がモンスターってことがバレるだろ」
 かわっちは下を向いています。
「…そうっちね」
「あの子の目を治さずにいれば、そのまま黙って付き合うこともできるんだぞ」
 かわっちは少しの沈黙のあと顔を上げました。
 その目は何かを決意したように強い意思が宿っています。
「いつまでっちか?」
「え? いつまでって?」
「お金用意するの」
「…3日後だ」
「時間ないっちね。悪いけど仕事探しに行ってくるっち」
「お前…」
 かわっちは頷きました。
「でも、3日で50万円だぞ。無理だろ」
「約束したっちから。西川口さん。いろいろありがとうっち。さっちゃんの目を直せたら、西川口さんのこともおれがなんとかするっち」
「なんとかってお前…」
「おれっちも勝ち組の人生に飽きたっち。誰かに何かをしてみたくなったっち」そう言ってかわっちは部屋を出て行きました。
「ふるっふー」はとっちが鳴きました。