「てめえみたいなバケモノ雇うわけねえだろ!」

 かわっちは鼻血を出しながら吹っ飛んでいました。
 寿司屋に仕事をさせてほしいと頼みにいったかわっちを、大将が気味悪がって店から叩き出したのです。
 かわっちは道路に倒れ伏しました。

「二度と来るな!」

 大将の投げた包丁がかわっちの頭に刺さります。
 かわっちは座った姿勢でそれを抜き、立ち上がってよろよろと歩き出しました。


 西川口の部屋を出たかわっちは仕事を探しに川口駅近くの商店街まで歩いて来ました。
 そして、一軒一軒店をまわり仕事をさせてほしいとお願いしているのですが、モンスターに対する世間の風当たりは想像以上にきついものでした。

「お願いします。何でもするから働かせてくださいっち」
 今度は町工場の玄関先で工員相手に土下座をして頼んでみました。
 対応した工員は、昼間、社長に怒られてむしゃくしゃしていました。
「おまえみたいなカッパ風情が仕事を舐めるんじゃねえ」
「お願いしますっち。本当に一生懸命やりますっち」
「それが馬鹿にしてるっていうんだよ。俺のやってる仕事がお前なんかにできるわけねえだろ」
 かわっちは顔にケリを入れられたうえ、スパナで滅多打ちにされて工場を叩き出されました。

 かわっちは立ち上がり、よろよろと工場をあとにしました。

「ふう…ちょっと休憩するっちかね」
 かわっちは目に付いた神社の石段に腰かけ途方に暮れました。
 仕事を探し始めて数時間ですが、いろいろな人に殴られ、刺され、滅多打ちにされたのに一銭にもなっていません。

「だめだこりゃ…」かわっちは思わずつぶやきました。

 そのとき、爽やかな若い男が石段を降りてきて、かわっちの5段ほど上に腰を下ろしました。
 運動をしてきたのか少し息を切らしています。
 そしてかわっちと目が合い、ぺこりと頭を下げました。
「あ、どうもっち」かわっちも頭を下げました。
「怪我してるみたいだけど大丈夫?」男が聞きました。
 かわっちはところどころ血が出ています。しかし、それを気にしている暇はありません。
「怪我は別にどうでもいいっちけど…」
「力になれるかどうかはわからないけど話してみたら?」
 男が優しく言いました。
 かわっちはその声にうながされ話しました。
 どうしても3日間で50万円稼ぎたいこと、しかし、誰からも相手にされず傷つけられてばかりいることを。
「こんなおれっちに出来る仕事なんてないっちかね?」
「殴られ屋…」
「え?」
「あ、いや、ちょっと頭に思い浮かんだだけだから気にしないで」
「殴られ屋って何っち?」
「昔ちょっと話題になったんだけど、人に殴らせることで金をもらうんだ」
「そんな商売成り立つっち?」
「現代社会はストレスを抱えた人が多いからね。でも、もちろん本当に殴られてたら身が持たない。やるならちゃんとボクシングの技術、とくに防御のテクニックを身につけた人じゃないと」
「あ、よけること前提ってことっちね。でも、必ずよける必要はないっちよね」
「もちろん。むしろそのほうがお客さんは金を払ってくれると思うけど。でも、絶対に身が持たないよ」
「ありがとうっち」
「ちょ。ちょっとやるつもり?」
「まさかっち…」
「そうだよね」
「ところであなたはこんなところで何をやってるっち?」
「お百度」
「お百度? それは一体何っち?」
「願いを叶えるために、そこの神社に百回詣でるんだ」
「へえ? 効き目あるっち?」
「さあ…でも、このくらいしか出来ないから」
「ふうん。願いって何っち?」
「好きな人がちゃんと幸せになれますように」
「…好きな人が…」
「こんなので意味があるのかわからないけど」
「いや、絶対にその願いかなうっちよ」
「ありがとう。なんだかそんな気がしてきたよ。あ、そうだ。僕は戸塚。よろしく」
「と、と…戸塚っち?」
「うん」
 かわっちは沈黙しました。
「どうかした?」
「い、いや…また会えるっち?」
「ここに来てくれれば。毎晩お百度を踏んでるから」
「毎晩? いつからやってるっち?」
「2年間くらいかな」
「2年間っち?」
 戸塚はおだやかに笑いました。
 かわっちは戸塚のまっすぐな目を見ると自分の心が強く定まってくるのを感じました。
 そして、名乗るのも忘れて一言別れを告げ、川口駅へ歩いて行きました。

「おれっちもやってやるっち」そうつぶやきながら。



 そろそろ終電という午後11時、川口駅東口公共広場、別名キュポ・ラ広場の中央にゴザを敷いて正座するかわっちがいました。
 その脇に手書きの看板を掲げています。

[殴られ屋。思いっきり殴ってみよう。1発1,000円]

11殴られ屋


 酔ったサラリーマンがそれを見つけました。
「おい。見てみろよ。」
「殴られ屋? 面白そうだな」
「でも、1発1,000円っておかしくない?」
「何が?」
「殴られ屋って普通はよけることで成り立つんじゃない? 実際に殴らせる殴られ屋じゃ体が持たなくて商売にならないだろ」
「でも本当に殴れるなら…それこそ金払う価値あるな」
「たしかに」
 かわっちはアホなのです。
 金を稼ぐには殴られ屋しかないと考えたのですが、もちろんパンチをよける技術などありません。
 そこで発想を逆転させ、殴らせることで金をとる殴られ屋をひらくことにしました。
 自分の体がどうなるかなど考えません。
 かわっちは…アホなのです。